小林多喜二さん著「蟹工船」は、新潮文庫から、すでに150万部が刊行されているそうです。私の新潮文庫「十年不倫」は、まだ3万8千部です。あやかりたくて、六本木の俳優座の公演『蟹工船』を観劇いたしました。
久しぶりの「役者さんがアルバイトをしながらお芝居を続けている」舞台です。しかも私は、舞台や映画に激しく感情移入してしまう性格です。どんな感じなのか見当がつかず、心の準備をしていきました。具体的には、心強いメンバーに同行していただきました。わかる人にはわかる「衿野の三人の弟たち」、久しぶりにフルメンバーの勢ぞろいです。
さて舞台は。素晴らしかったです。
まず言えるのは、脚本がしっかりしていること。商業演劇は、けっこう「?」なことがあります。歌舞伎は「偶然にも」を禁じ手にしたら、大半の演目が不可能になってしまうほど。
しかしこの作品では、主役も脇役も、見事にキャラが完成されており、深みがあります。偶然や破綻はありません。
たとえば資本家のスパイになってしまった労働者。出番はさほどないのに、優越感から苦悩へ、そして恐怖へと変化していくプロセスが、しっかり伝わってきます。
中でも、主役の一人とも言える、監督官の浅川は圧巻。ドラマが進行にするにしたがって、北海道弁の「はんかくさい」を連発する彼の中にある、向上心や劣等感、恐怖心、迷いなどが、一枚、また一枚と皮をはいでいくように現われていきます。
冒頭で、スチロール製の蟹の模型をベリベリと砕きながら、「収穫した蟹をどう処理するか」の説明も面白かったなあ。蟹工船が何をするところか、よくわかりました。
俳優さんたちの、身体能力の高さもすばらしい。蟹を解体しながら民謡を合唱したり、卑猥な踊りでストレスを表現したりする場面は、踊りとしても、たっぷり楽しめました。
そして、ラストシーン。
つらい場面なのに、希望がある。
浅川からリンチを受けた労働者が、仲間に差し入れてもらったバットを一服して「うめーなー」と死んでいきます。幸福な死に方だとは言えない。だけど彼は、「うめーなー」という喜びとともに逝きました。不幸と幸福は相対的なもの。絶対的に「幸福」とはいえなくても、相対的には「幸せ」だったのではないでしょうか。
さて終演後。ご縁があり、演出家や出演していた俳優さんたち五人と、語らう機会がありました。皆さん「役に入り込んでいて、まだ現実に戻れません。うまく言葉にできないのですが……」と前置きを。物売りの女性に扮した女優さんは、「キオスクの売り子さんの様子を観察した」そうです。
若い世代に蟹工船が読まれていることについての感想を問われると、皆さん「最初は感情移入できなかった」様子。彼女ら、彼らのアルバイトは「演劇を続けるため」という目的がはっきりしているから……もあるのかもしれませんね。
私も挙手をして、感想を述べさせていただきました。
「今日は友人たち四人で参りましたが、終演後にロビーで顔を合わせた連れたちは、みんないい顔をしていましたた。それだけ素晴らしい舞台だったという証拠だと思います。私は依存症や不倫など、『悲惨』とも言えるケースを多く取材していますが、悲惨であればあるほど『人はそれでも生きているし、それだけ真剣に生きているんだ』という希望を感じます。今日の舞台には、私自身のテーマと重なるところが多く、本当に心を揺さぶられました。すばらしい舞台を見せていただき、ありがとうございました」
二次会は、俳優さんたちにお店を教えていただいて。久しぶりのフルメンバーを満喫。他の客席より一段高いこの席は、その店では「上がり様」と呼ばれておりました。まるで船窓のような窓から見下ろす六本木。
かには食べられなかったけれど、お刺身あれこれ&月島レバーフライ(月島意外で食べるのは初めて)&手羽先唐揚&トマトの何とやらなどをいただきつつ、「いやー、今日の舞台&語らいは、本当に良かったねえ」と語り合うひとき。
絶対的な幸福なと゜存在せず、こうして感じている「今日はよかったねえ」こそ、本物の幸福なのかもしれませんね。
一人は早退して東京駅へ。コリアン語でいう「コッソク・ボス」、日本語なら高速バスに乗って、名古屋へと向かうのであります。某嬢のライブのチケットを握り締めた彼もまた、相対的な幸せを満喫するのでありましょう。
帰宅して、メールのチェックをするついでに、原稿を書き始め、そのまま1時間半のご執筆。たくさんのパワーをもらった夜でした。
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