
近所のカジュアルなレストランで、盟友とランチ。目的は、私が困惑と逡巡と迷走を経て、明鏡止水の域に達するまでのプロセスを、聞いていただくこと。
思えば数日前、別の盟友に、奇しくも同じこの店で、困惑と逡巡と迷走のスパイラルにおちいりかけていたところを、救っていただいたのでした。
トマト、ブロッコリ、チキンのショートパスタをつつきつつ、あれこれ。盟友のありがたさを実感した昼休み。盟友からのメッセージは「更なるパワーを身に付けて、人生思うがままに渡りましょうや」。百パーセント同感です。
夜は、地味に過ごしました。かわりに某日某所での、おいしい食事の写真を。
摩訶不思議なお店でした。
厨房も接客も、手拭を頭に巻いた、マッチョな男性ばかり。なのになぜ、こんなにも繊細で、「桜尽くし」の遊び心たっぷりの品々が、運ばれてくるのか。
前菜の小鉢の、枝豆豆腐、子持ち昆布、コゴミ入り蛍烏賊の酢味噌和えに、まずドッキリ。お刺身の関さば、まぐろ、あじ、ホッキ貝、牡丹海老、何気なく添えられた筍。「生ウニの醤油ジュレ添え」も、蟹入り酢の物も、幸せな味。
アマダイかぶと煮に蕎麦、白髪葱のおつゆ。厚切りのローストビーフ(肉の滋味が全身に染み渡る)と筍(ほろ苦く、シャクッとした食感にうっとり)。
サヨリの昆布締めの酢の物は、「昆布のうまみを最大限に吸収しつつ、サヨリ本来の味わいを、これっぽっちも損なっていない」。微妙なバランスでの「酢っぱさ」も、このお店の特徴のひとつかもしれません。
タジン風の、かわいらしい器の中身は、「枝豆の茶碗蒸し」、蕎麦米のトッピングの下には、筍やシメジが隠れていました。
揚げ物は、サワラ。「鰆」の文字にふさわしく、ふきのとうと、桜の花びら型に切り抜いた玉ねぎが添えられています。しめくくりは、お蕎麦。信州産を、二八で手打ちしたそうです。エッジのキリリとした、シャキッと自己主張をしている、背筋を正させてくれるタイプの美味です。ラストは、蕎麦米トッピングのアイスクリーム。大人の味わいでした。
総括すれば「正統を究め、最高の材料を用意したのだという余裕と自負があるからこその余裕で、ひとひねりを楽しんでいる」というところでしょうか。
最後は「桃と桜」の葉っぱや花の入ったウーロン茶を。薫り高く、ふっくらとした味わいで、余韻の深いピリオドを打ってくれました。
ところで、この食事をいただいたのは、数日前。写真をながめてみれば、お刺身だけで「刺身定食」が、ローストビーフだけで「ステーキ定食」が構成できるほどの量。これを完食しながら、体重が微減しているのは何故?
4月 2, 2010 グルメ・クッキング | Permalink
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