定番の朝食@最寄のファミリーレストラン。実はスペシャルバージョンです。ドリンク・バーつきで510円のホットサンドイッチ、実はフライドポテトが添付されてゐる。
しかし私は、フライドポテトの良さが、わかりません。そこでオーダーは「ホットサンドイッチ、フライドポテト抜き」です。だけどフライドポテトに添付されてゐるケチャップは、いただきたい。
マヨネーズの良さはわかりませんが、ケチャップは好き。カリカリになったトーストの耳に、ケチャップをつけて食べるのが好き。
顔なじみの店員さんは、私が「ホットサンド」と言うと、「いつもどおり、ポテト抜きですね」と問い返し、ちゃんとケチャップつきで、この通り、届けてくださる。
が、顔なじみになっていない店員さんは、フライドポテトも、ケチャップも、抜きにしてしまいます。また、ある店員さんは、注文を聞き間違え、「フライドポテトを添付したホットサンド」と、「単品のフライドポテト」を、運んできてくださいました。
フライドポテトを断っても、料金は変わりません。
だけどコーヒーを4杯ぐらい飲みながら、ガシガシと働き、2時間、3時間の滞在は当たり前という私ですから、それも諒といたしましょう。
ところで、このグラスの写真は、遺影です。購入したのは、静岡県三島市の雑貨店。そのとき同行していた友だちに「今宵は、あのときのグラスで一献」とメールするために撮影したの。そして翌朝、洗っているときに、お鍋を落として、「盃」と「土台」が、バリッと別れてしまったの。
その出来事を、くだんの友人にメールしたら「新しいグラスとの出会いができるね、おめでとう」とのレスが。さすが、わが親友。私のいちばん喜ぶメッセージをご存じだ。そして「新しいグラスを買うまで禁酒すれば?」とのメッセージも。
なるほど、その手がありましたな。でもね、私の酒器コレクション棚には、アウトサイダー・アートの網走刑務所直送100円の盃から、「豹」というスポーツ・チームの元監督様に買っていただいた「牛」の盃、鈴木五郎先生作の十万円のぐい飲みまで、揃っているので、心配ありません。
とはいえ、別れは、出会いの始まり。
忙しい現代人は、時間も、人付き合いも、所有するモノも、すでに満杯です。何かを失う「喪失体験」は、実は新たなものを得るための、ポテンシャルを生み出してくれるもの、です。
終わりは始まり。
まさにその通りで、何かが「終わって」も、人生は続いていく。ということは、何かが終われば、次の何かが、始まるのです。
このところ、なぜかよく、持ち込まれる「離婚相談」を聴いていると、切実に、そう思います。
離婚には「闘い」がつきものです。愛と希望に満ちあふれて結婚したのに、「こんなはずじゃなかった」という想いが、双方にある。なおかつ、電子レンジは、テレビは、パソコンは、ファクスは、ベッドは、ソファは、どちらへと行くのかという、綱引きもある。財産分与や慰謝料という、お金の問題も、立ちはだかる。
でもまあ、終わってしまえば、すべては「過去」よ。
離婚や別離について、数多の取材を重ねてきたという経験を踏まえると。
後遺症は残るけれど、年を経るに従って、薄れていくし、「忘れちゃおう」という方向性で構わない。
失うものはもちろん多く、親族への説明責任や、共通の知人にどう周知するかといった手間はかかるけれど、それは事務的な手続きみたいなもので、なんとか、なっていくもののようですな。
5月 20, 2010 日記・コラム・つぶやき | Permalink
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