2011年4月30日 (土):朝の皇居を走ってから
目覚めたら書いて、限界が来たら寝る。今朝は3時に起きました。時差ボケです。
書いて、皇居を走って、お風呂に入って、小松菜と卵のスープで朝食をすませたら、眠くなり、寝た。
目覚めて、また書き、時計を見たら、まだ正午。



ランチは、ランついでに買ってきたフランスパン。レバーペーストと、ふきのとう味噌を塗る。
レバーペーストは手作り。豚レバーの脂をていねいに取り除き、たっぷりの野菜と一緒に加熱してから、ブレンダーでガーッとかきまぜる。市販のより軽やかで、優しい味に仕上がります。
ふきのとう味噌。最初にふきのとうを炒める油を、バージン・オリーブオイルにしたのは、こうしてパンに塗りつける日を予測していたからです。
そういえば、このところ、自分のためにしか料理をしていない。私の手料理をメインに開催するはずだった「エリ・飲み屋」は、日程が震災直後だったため、延期になった。メニューを定め、盛り付けのレイアウト図まで描いていただけに、残念であった。
おや、夕闇が近づいてきたよ。よく働いたような気がする一日だね。
今日はメールの来信も活発だった。中でも新潟県民とは、4人と延べ18通のメールを送受信してゐる。新潟は広い。衆議院の小選挙区で言えば、5区が2人、6区と3区が1人ずつ。内容も幅広い。
「東京で家族サービスするのにふさわしい寿司屋はどこ?」
「例の飲み会は中止になりました」
「揺れたらしいけれど、大丈夫か!」
「残雪の中、やっと咲いた桜を眺めながら、ゴミ拾いボランティアをしてきました」
余震も、久しぶりに活発だった。皇居を走っているときならば、気付かなかったであろう程度の揺れ。でも執筆中だったから、大きく感じたよ。
原稿を書いているときに、ふっと集中力が途切れることがある。小休止する場は、ツイッターとミクシィ。フェイスブックも、いちおう使っているけれど、見るだけです。
さて、そろそろ、大休止に入ります。まだ17時だけど眠い。
4月 30, 2011 マラソン | Permalink
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2011年4月29日 (金):同じミスを繰り返す
東京マラソン2011の思い出。
フィニッシュラインを踏んだ後は、恒例の号泣タイム。バスタオルで肩を包んでもらって泣き、完走メダルを首にかけてもらって、また泣く。
荷物を受け取り、更衣室に入ったところで、毎年恒例、新潟産コシヒカリのおむすびを2つもらう。
お腹が空いていないから、コートのポケットに入れて、また歩き出した。
着替えをすませ、ランナー専用スペースを出たところで、Mコーチと合流。
すると更衣室では、混雑のあまりつながらなかったケータイが、ぴろぴろりんと鳴った。撮影班(お仕事で走ったマラソンだったからね)が、合流したいという。続いてのぴろぴろりんは、わがマネージャーと、提携会社の社長。やはり合流しましょうとのこと。
どちらも、Mコーチに電話を替わってもらい、待ち合わせ場所を決めてもらった。原稿に没頭した日の夜のように、わが脳味噌の言語製造マシーンが動かない。
待ち合わせ場所で、皆様を待つ。混雑しているから、立ったまま。
撮影班も、わがスタッフも、沿道で声援を送ってくれた上に、ゴールまで来てくださった。本当にありがたい。
なのに、なぜか、腹が立って仕方がない。
「コーチ。私ねえ、もう疲れました。もういやだ。誰にも会わずに帰りたい」
「そうは言っても、仕事ですから」
「私は、もういい。コーチがかわりに撮影してもらってください」
ちょうどそのとき、脇を通った外国人ランナーが引きずっている、巨大なキャリーつきバッグが、私の足をかすめていった。
「ぶつけるんじゃないよ!」
そう叫ぶと同時に、そのバッグを、ドカッと蹴っ飛ばしていた。そうとは気付かず、去っていく外国人が憎らしく、追いかけて、もっと蹴ってやろうかと思った。
「あれ?」
私は本来、温和な人間です。好きなタイプは「温厚篤実」、あるいは「謹厳実直」だ。願うは「文運隆盛」、期待したいのは「天佑神助」。落ち着いてほしいものは「福島原発」。津軽地方の言葉「じょっぱり」は、情っ張りだったのか、驚いたよ言泉。
ともあれ、私は他人に対して、暴力をふるう、罵声をあびせかけるなどの行為に及んだことはない。いやその、修羅場をくぐったことがないでもないから、「ほとんど」ないが正確だけど。ともあれ、マラソンを始めて以来、ふるったのはケーキを焼くときの小麦粉だけ。あびせかけたのは、お風呂に入る前のかかり湯だけ。
その私が、なぜ?
自分を持て余して、身じろぎをしたら、ポケットの中で、おむすび2つがゴロンと揺れた。
あっ。ハンガーノックだ。そうに違いない。
朝食は、お気に入りのパンと、ほうれんそうをちょっぴり、ひき肉をたっぷり入れた卵焼き。走りながら、バナナとおかきとコンソメスープとレーズンとクッキーとオレンジとサプリメントとスポーツ用のジェルを摂取した。
しかし諸般の事情により、予定より1時間の超過でゴールしているではないか。つまり私の血糖値は、ガス欠状態ではないのか。
ポケットから、明太子のおむすびを取り出した。右往左往する人ごみの中で、立ったまま、バクッとかじりついた。
「う……うまい!」
お米のアミノ酸が、糖分が、明太子の塩分が、全身に広がるよ。
「うぉぉぉ、元気が出てきたぞ!」
海苔が歯に貼り付いているであろう状態で、ニッコリ撮影をすませ、マネージャーと社長と感激のハグをかわしてから、帰途につきました。
それからお風呂に入り、浅草「駒形どぜう」での打ち上げを経て、安らかな眠りについたのは、既報のとおり。そして3日後には、緑川酒造の「かすみしぼり」を楽しむパーティーに参加するため、魚沼に向けて旅立ったのも、周知の事実。
教訓。
血糖値が下がってしまう前に、栄養を補給しようね。
そう心に刻み込んだはずなのに。今日もやってしまったよ。
マラソンじゃなくて、原稿書き。言語製造マシーンが、ガチッと音を立てて止まってしまったの。
「ああ、私の文運は尽きたのか。天佑は来ないのか。一号機の注水量は元に戻ったのに」
そうじゃない、そうじゃない。
朝から何も食べずに、ずっと書いていたのだから、当たり前。4時起床で、現在11時半。さあ朝食をいただきましょう。作り置きをして、冷凍してあった餃子を焼く。
妥協して出来合いを買ってきた皮の糖分が、切り落としをトントンと刻んだ豚肉が、隠し味の干し椎茸と切り干し大根のみじん切りの繊維分が、全身に広がるよ。タレの黒酢のクエン酸も援護射撃をしてくれる。
「うぉぉぉ、元気が出てきたぞ!」
自分が、とっても単純な人間のような気がしてくる、ゴールデン・ウィーク初日の昼下がり。
4月 29, 2011 マラソン | Permalink
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2011年4月28日 (木):どこまで歩いた?
純徳院芙蓉清美大姉こと林芙美子お姉さま。
彼女が貸家を探して街を歩き、途中で「一人おかめうどん」や、「一人すき焼き」を楽しむプロセスを綴ったエッセイに、「ぽくぽくと歩く」という表現が出てきます。
ぽくぽく。
芙美子お姉さまも、和服をお召しになっていらっしゃった。たくさん歩くと決めた日は、下駄だったと思います。そして下駄は、歩くと、ぽくぽくと鳴ります。
池袋から渋谷に向かう、私の「ぽくぽく」は、地下鉄「東新宿」駅前で終了。ファミリーレストランに陣取り、地図を描きました。
地図とは、原稿の見取り図のようなもの。この章では、何を目的に、どう語るのか。激情にまかせて突っ走る章にするのか、頭を冷やす方向性にするのか。そういうことを考えるわけでございます。
ペンを動かすうちに、百合烏賊!
見つかったよ。
捜し求めていたキーワードが。

おや、そろそろ、次の予定の時刻がせまってきた。ぽくぽく歩くのは、地下鉄までの約50メートルにとどめ、渋谷に向かいましょう。
まずはホテルのラウンジで、ミッチェル・スミスもとい、みっちり緻密な打ち合わせ。メモを取る私の手元をのぞきこんだアナウンサー某嬢が、「何をメモしていらっしゃるのですか?」。うまく答えられなくてすみません。私が幹事を務める某ミーティングの、段取りの覚え書きでした。
さらに打ち合わせは続く。しかし臨界点が来た。
「すみません。脳味噌が固まってしまいました。もう動きません」
ならばと移動した先は、渋谷駅から徒歩数分とは思えない、大人がくつろげる和食店「和奏(わかな)」。4名用の個室でくつろぐ3人。
お刺身は赤貝、鮪、鰹、烏賊、鮭、章魚、細魚、鯛、その他。金目鯛の煮付け。タラの芽と竹の子の天ぷらには、美しい盛り籠と桜の花のディスプレーの演出が。
お酒は、久しぶりに東北を離れ、広島の「加茂鶴」。同行の某嬢の頼もしいこと、私と同じペースです。しかも、私と同じように、金目鯛の目玉をしゃぶっておられる。年齢の離れた親友になれそうな気がしてなりませぬ。


途中、某様より、臨席中の宴会の、山菜天ぷらの写真が届く。こちらでは、蝶よ花よ竹籠よと、大事にされている山菜が、大皿にドカッと盛られているもよう。
無事に帰宅して、ベッドに入る前に、ちょいとメール。このごろの私は、とっても素直。芙美子お姉さまと同じぐらいに。ぽくぽく、ぽくぽくとケータイに文字を打ち込み、就寝。おやすみなさい。
なのに四時間後、烏賊が、私の眠りを破ったよ。
原稿の続きが夢に出てきてしまったの。
百合烏賊と飛び起きて、枕元に置いてあるメモ用紙を引き寄せて、しばし、ぽくぽくと書き綴る。物足りなくなり、パソコンに向かって、続きを書く。
私は葦だ。考えるだけではなく、それを言語化して、なおかつ書く葦だ。
私の左手の小指には、今も残る傷がある。子供の頃、葦原に遊び、その茎を手折ろうとしたら、こちらの皮膚が負けて、切れて、血がダダッと流れた痕。今も、手折るつもりが手折られたり、捨て置かれたり、思いがけず床の間に据えられたりと、葦のごとく、風になぶられる日々を送っております。
たくさん書いて、ブログ日記も更新した今宵。指がむくみ、バキバキと痛い。
川端康成先生が「雪国」で喝破したとおり、指はすべてを覚えているのだなあ。
4月 28, 2011 | Permalink
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2011年4月28日 (木):どこまで歩くの?


いつもお世話になっている「榎本クリニック」の関連NPO法人、「共同作業所オーク」の15周年記念ランチパーティーへ。
会場でお会いした、榎本クリニックの理事長と学会の会報誌の打ち合わせ。さらに学会大会で、ともに座長を務める先生とも打ち合わせ。合間に、お寿司屋さんの大将と若大将が、目の前で握ってくれるお寿司をいただきます。
宴が果てた後、作業所を見学。





外に出たら3時。ここは池袋。次の打ち合わせは渋谷で6時半。中途半端な時間を活かすため、推敲すべきプリントを持参してゐるよ。適当なカフェを見つけようと、歩き出したら止まらなくなった。
たっぷりランチの後は、いつもそう。
昨日も、某編集者様との打ち合わせイタリアン・ランチに30分かけて歩いて行き、帰りは1時間。
今日もまた、歩くのか。
並木道とツツジは「もういいから、ここで終わりにして、バスに乗りなさい」。都電も「こっちにも、空席がたくさんあるよ」と誘ってくださるけれど。


わが膝栗毛は、どこまで進むつもりなのか。どれだけ歩けば満足するのか。
そしてまた、私なぜ、歩かずにはいられないのか。
「教えてください」
戸山公園の虎に、そう聞いてみたけれど、ただ新緑色の風が吹くばかり。

4月 28, 2011 日本酒 | Permalink
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2011年4月27日 (水):失恋した女は髪を切る
ロングヘアをばっさり切った女性が、一度はかけられる言葉は「失恋したの?」。
髪を切った女性が、すなわち失恋したのであろうと即断するのは間違いですが、失恋したら、髪を切るのは、よいことだと思います。
まず物理的に、軽くなる。
気分が変わる。
「思い切って、バッサリ」やったという解放感も味わえる。
私がかつて、さらさら艶やかなロングヘアを切ったのも、失恋ではないけれど、逃れたいモロモロに、からめとられていたときでした。
髪型が変わると、人が私を見る目が変わる。すると私の自己評価も変わる。それがまた、人が私を見る目を変える。
今日は夕方から、震災以来の美容室へ。実はこのところ、我慢して、伸ばし気味にしていました。違うテイストにするベースを作るために。
美容室は、いつものあそこ。開店当時から通い続け、はや10年です。
くるくる、くるくる、くるくるくるっと、四方八方へと好き放題にカールしている私の髪。前髪のここはこう、サイドのあそこはこうと、植生を熟知している彼女にしか、任せることができませぬ。
「今日はどんな感じで?」
「この長さを活かして、今までとは、ちょっと違う感じで」
これだけの会話で、嬉しいスタイルが完成しました。
この時期になると、よくかけられる言葉「GWのご予定は?」。
もちろんお仕事です。執筆、撮影、打ち合わせ。二件ほど予定している取材は、日時を調整中。一件、「お楽しみ」が入るやもしれませんが、こちらは調整待ちです。
美容室に行く前に、合計4時間強、語った本日。雑談のようで雑談ではない、真剣勝負のおしゃべり。私の言葉を、先方がテイクノートしたり、私がメモを取ったり。頭の中から言葉を押し出すのが、苦痛になってきた。そろそろ脳味噌を閉じよう。
4月 27, 2011 心と体 | Permalink
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2011年4月26日 (火):高校時代の思い出
思い出ばなしを始めたら、止まらなくなってしまったよ。次は高校だ!
「静岡県立吉原高等学校」
県立の女子高でした。今は共学です。校舎の窓から富士山を一望できる……ということは、つまり、高台にあり。最寄駅から15分ほど、ひたすら坂を上がって通学した。おかげで心肺と筋力を鍛えられたのか?
だがしかし、当時の私は、日光に当たるのを厭うほどの、文弱の徒でありました。
・久坂玄瑞
歴史、中でも幕末史に、つよい興味を抱いておりました。同じ趣味の同級生が何人かいて、それぞれ立場が違う。蛤御門の変、池田屋事件、七卿落ち、薩長同盟、奇兵隊。どちらが是か非か、意味なく熱い議論を戦わせておりました。
私の定期入れにしのばせてあったのは、タレントや俳優ではなく、歴史書からコピーした、久坂玄瑞様と吉田松陰先生の肖像画でありました。玄瑞様が自決された蛤御門をランニングで駆け抜け、松陰先生が眠るお寺の至近にある「尾花」で、絶品すぎるウナギを賞味するようなオトナになるとは、夢にも思わずに。
・沢田研二
生きている人に、興味がなかったわけではありませぬ。ジュリーこと沢田研二様。レコード(CDじゃないよ)は、すべて買いました。
彼の写真集は、もちろん即座に購入。だがしかし、当時としては衝撃的な「ヌード写真」が! 家には持って帰れない。仕方なく、部長を務めていた、文芸部の部室に置きました。
卒業するときに困りました。やはり持ち帰れないけれど、存在をおおっぴらにするのはまずい。そこで封筒に入れ、「部長以外が中身を見るのを禁ず」と大書してから、蛍の光を歌いました。
後日談。
夢にも思わなかった、「作家」というものになり、母校の文化祭に招かれました。講演後、文芸部の生徒たちと交流したのですが。
「不思議なものが部室にあります。これは何なのか、ご存じですか?」
それは、沢田研二様の写真集でした。封筒も、そのまま。驚いたねえ。感激したねえ。
・夢にも思わず
文芸部にいたけれど、私は「編集者志望」でした。部員の原稿が出揃ってから、ページ数を計算し、足りないページを埋めるためのコラムやエッセイを書くのが私の役目。
危機が訪れたのは、3年生のとき。文化祭に合わせて「本流」という同人誌を出すのが伝統だったのに、予算が
削られ、顧問の先生から、「今年は出せそうにない」と言われたのです。
いやだ。
出したい。
いや、編集したい。
そこでまず、「今より安く作ってくれる印刷会社」を見つけました。次に、高校周辺の商店街をまわり、有料広告を出してくれるお店を探しました。同時に、読書や観劇が好きな、文芸部とは関係のない先生たちに、「本流に書いてください!」と依頼し、フライングで原稿集めをして味方につけました。
どうにか刊行にこぎつけたものの、顧問だった先生、申し訳ありません。扱いにくい生徒でした。
4月 26, 2011 日記・コラム・つぶやき | Permalink
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2011年4月26日 (火):学生時代の思い出
シンクロニシティ。
アメフトを思い起こしていたら、元監督と連絡を取るべき用事が発生。そういえば、来月は、母校で講演をするのだった。そしてまた、大阪マラソンの後援スポンサー企業である「大和ハウス」のトップは校友だ。
当然ながら、学生時代の思い出が、よみがえる。
・ブローカー
試験が近づくと、学生は誰もが「講義ノート」を切実に欲します。授業内容を記録したノートのことね。私は、講義ノートのブローカーをしていました。
わが下宿のテーブルの真ん中に電話をドンと据え、友人たちが待機。
「法学のノートを、生理学のノートと交換で提供してもいい人が現れた! 受け取ってきてちょうだいな」
電話を置いた私がそう叫ぶと、待機していた一人が「よしきた!」と立ち上がり、バイクにまたがります。生理学のノートは、すでに入手してあるぞ。
その間に、私は、ふたたび電話に向かう。
「法学か生理学のノートと、あなたの社会統計学のノートを、交換してもらえませんか?」
コピー代がかかりますね。しかも、大学の周囲にたくさんあるコピー屋さんは、どこも学生の行列ができています。でも心配ない。知人が副業で始めたコピー屋さんが、安く、優先で、使わせてくれるから。
・愛
まじめ一徹の同級生がいました。教師になりたいと、通信教育やダブルスクールで、勉強ガリガリ。成績も優秀です。だがしかし、純粋培養では、杓子定規にはいかない教育の現場に対応できぬであろう。心を鬼にして、お勉強の邪魔をしてあげました。そのかいあって、彼は今、名門私立高校の教頭先生です。
・サークル
入学してすぐは、サークルに所属していませんでした。父の実家である、京都・西陣の町家暮らしが新鮮。女子高だったから、男子学生が、おっかない。とりあえず、たくさん本を読みたい。ところが意外な求人が来た。
「学園祭のステージに立つバンドが、ピアノを弾けるメンバーを急募している」
幼稚園のときから、ピアノを習っていました。中学高校の学内合唱コンクールでは、いつも伴奏係でした。そんなわけで、一回限りのつもりで引き受けた。そしてライブとステージの快感にとりつかれ、そのままバンドのメンバーに。プロ志向のバンドだったので、京都の主なライブハウスには、たいてい出演いたしました。顔パスがきくようになったライブハウスに、チャージ無しで入れてもらう快感にも、目覚めたなあ。
・有為転変
いつも転機は突然やってくる。
でも、こうして過去を振り返ってみると、学生時代の私と、今の私は、「棒のごときもの」で、しっかり貫かれているもよう。
転機を受け入れ、ときには積極的に求める。
しっかりと根を張っているからこそ、風に身体をまかせることができる。
そんな人でありたいと思います。
明日も原稿を書くよ。入社試験を受けたら、「アンタはいらない」と、にべもなく落としてくれた某社から出していただく本の原稿です。
4月 26, 2011 立命館大学 | Permalink
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2011年4月26日 (火):アメフトは、座して観よ!
立命館大学校友の皆さん。校友会の会報誌「りつめい」4月号をご覧になりましたか?
今年の1月3日、東京ドームで行なわれた、アメリカンフットボールの頂上戦「第64回ライスボウル」のレポートが掲載されています。わが立命館大「パンサーズ」は、2年ぶり7回目の学生チャンピオンに輝き、出場したものの、社会人チームに敗退したのでした。
アメフトは、座って応援しましょう。最前列に陣取る、派手な身なりのサポーター「レプリカ軍団」に加わって、肩を組んで、応援歌をがなるなどとは、もってのほか。スクールカラーである「マルーン」色の帯と着物を購入し、誇らしげに着込むのは、なおイカン。さもないと、こうして証拠写真を撮られ、全国の校友にバラまかれてしまうのです。


昨夜のお酒を過ごした某様は、今朝、寝坊したそうです。
「私の唯一の生きがいである、ちゃのこを放棄しての出勤でしたよ」
ちゃのことは、朝食のことだそうです。
はて。ゆうべの美酒は、生きがいではなかったのか? 他にもたくさん、生きがいがあるでしょ?
恋多き、というか多すぎるほどだった某様は、3.11震災をきっかけに、生きがいが別方向にシフトしたそうです。地震がシェイクしたのは、地球だけではなかったのだなあ。
私もね。震災前に100枚ほど書いていた原稿を、最初から書き直してゐる。シェイク、シェイク。
さて昨日、当確の出た「大阪マラソン2011」。同大会は、チャリティーを強く意識しており(おっ、チャリランだ)、ランナーを「何のために走るのか」という、目的別にグループ分けしています。そのグループごとに、テーマ・カラーが定められておりまして。
私の「チャリティー・カラー」は、この色です。
わが愛飲する緑川酒造のブランドの一つ、「緑」。このボトルをかついで走るか?
私の生きがいは、書くこと。これは書き直し中の原稿の資料です。 マラソンも、お酒も、わが「生きがい」を支えるツールなのです。

4月 26, 2011 立命館大学 | Permalink
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2011年4月25日 (月):ランナーは、立って飲め!
心当たりのない差出人から、奇妙なメールが届いていた。
☆☆☆このたびは第1回大阪マラソンへご応募いただき、誠にありがとうございました。平成23年2月15日から3月15日の募集期間にて定員を大幅に超える申込みがあり厳正なる抽選を行いましたところ、当選とさせていただきました☆☆☆
あらま。
当選してしまいました。
応募はしたものの、すっかり失念しており、カレンダーに書き込みもしておらなんだ。これはまずい、トレーニングをしないとね。
モチベーションを上げようと、ランニング専門誌「ランナーズ」のバックナンバーを手に取る。おお、いいねえ。「やる気スイッチ」を見つけようという特集か。なになに、「ランナーズ有名人が選出! 背中を押してくれた、あの一冊」ですか。
しばし熟読す。『平井式アスリートアプローチ』『101歳の少年』『人間の土地』。格調の高そうな本に混じって、一冊だけ、異色なのがあるよ。
『東京 立ち飲み案内』(吉田類)
推薦の理由は、立ち飲みだと、「足腰や腕のストレッチが自由にできるためランニング後に最適だと思ったから」だそうです。うまい口実を考えるものですねえ、推薦人の衿野未矢さんという作家は。




さて、そろそろ出かけるか。連れの美女はランナーですから、もちろん立ち飲みです。コップ酒180円。竹の子の煮物、蕗の煮物、牛スジ煮込み、すべて200円。
実はこのお店、普通の酒屋さんの奥にあります。メニューから2品以上オーダーした後は、店で売っているお酒を買って、その場で飲めます。



あっでも、ワインは、座って飲んでしまいました。

4月 25, 2011 マラソン | Permalink
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2011年4月24日 (日):「ふーきんと」とツタンカーメン
某様によると、「ふきのとう味噌」で、魚沼産コシヒカリご飯を食べると「最高!」だそうです。
それは、そうだろう。
ご近所の「北の丸公園」には、蕗が自生しているが、採取するわけにはいきまへん。公園で、とっていいのは写真だけ。残していいのは、足跡だけ。
投票をすませ、ぽくぽくと歩いていたら、パック詰め「ふーきんと」に出合ったよ。もっとも、ふーきんとは、魚沼での呼び名。私が購入したものの産地は青森、どう呼ばれているのかはわかりませぬ。
ともあれ蕗の薹をよく洗い、サッとゆがいて、水に放って、アクを抜く。
ここが難しいのですぞ。抜きが足りないと苦い。抜きすぎると水っぽくなる。
ともあれタイミングを見計らい、水から上げて刻み、胡麻油と味噌で炒める。手にしたグラスから、お酒を注いで浩然の気を養っていただく。



アク抜きをしている間に、「ツタンカーメン」ゆかりの豆を煮る。
わが故郷で、みっしりと根を張り、活動している某市議会議員様と支援者たちの手になる豆の苗、それを私の両親が育てたもの。
豆ご飯にすると、莢の色がうつって、ほんのりピンクになるのだけれど、今日は、豆そのものを、いただきます。瓶詰めにした、ふーきんと味噌とツーショット。

今日はあちこちで、選挙が行なわれてゐる。友人知人が、さまざまな立場で、いろいろな地域から、立候補してゐる。
結果が出揃うまで、落ち着かぬ今宵。今日もまた、日記が、複数にわたって綴られるかも?
4月 24, 2011 趣味 | Permalink
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2011年4月23日 (土):相撲部屋の朝稽古
毎年春のお楽しみ、朝稽古の見学会。異業種交流サークル「定刻会」の有志による、花籠部屋の後援会のイベントです。
大震災が来る前から、激震の続いていた相撲界。花籠部屋にも、巨大な余震が来ました。
こういうときだからこそ、あえて「応援」しようじゃないか。
相変わらず営業活動の好きな私は、ランナー2名、某市役所有志4名を、この会に勧誘いたしました。農繁期につき本日は欠席という市役所有志は、地元の銘酒を、花籠部屋に送ってくださいました。
部屋に着いたら、もう稽古は始まっていた。
私の席は、かつての大寿山、花籠親方の後ろ。どっしりとした重量感のある背中。しかし弟子を叱咤したり、動作の指示を出したりするときは、この背中の筋肉が、むくむくむくっと軽快に動くのです。
間近で見ると、お相撲さんの筋肉は、しなやかで柔らかそう。膝から下の形は、ランナーとよく似ています。ストレッチも、実に似ている。だがしかし、お相撲さんは走らないね。
力士たちは汗まみれ、砂まみれ。激しい息づかい。巨体から発せられる、気合のこもった声。緊張感がたまりません。
そしてまた、「土俵を竹ほうきで掃く」とか、「カラフルなバスタオルで砂を拭う」など、国技館では見られない光景も。土俵の外では、砂袋や鉄アレイを抱えてストレッチする力士、てっぽうを繰り返す力士。






激しい稽古のしめくくりは、ストレッチ、四股。順番に「ひとーつ、ふたーつ、みーっつ」と数えながらの腕立て伏せ50回。最後に「黙想!」の掛け声とともに、しばしの沈黙。



稽古の見学が終わったら、嬉しいちゃんこタイム。「花籠部屋のちゃんこ鍋の素」が、食品メーカーから発売されているほどの、定評ある味わいです。
もやし、キャベツ、ねぎ、しめじ、鶏肉。塩味。シンプルだからこそ、深みのある滋味が広がります。たぶん鶏は丸ごと買ってきて、ぶつ切りにしたのでしょう。
以前の見学会で出た、酢豚の豚は「築地で塊肉を買ってきた」だったし、白身魚のフライも「築地で買ってきたカレイを、うちでさばきました」だったから。
私の席は、親方の隣です。おおっ、親方自ら、よそってくださいました。うめえのお。焼き魚、揚げ物、肉野菜炒めの家庭料理も、こりゃうめえ。

飲食する私たちの背後には、お相撲さんが並びます。おかわりだの、お酌だのをしてくれる。土俵上では小さく見えていた彼ら、並んでみると、実に大きい。
ああ、鬢付け油の匂いのかぐわしいこと。肌のつややかなこと。話しかけるとはにかむ、その表情の初々しいこと。



ちゃんこを味わいつつ、相撲界の「これから」が話題に。みんなの意見が一致しました。
「今、このときを、どう戦うかで、力士の真価が問われる」
定刻会会長は、大寿山の現役時代から、後援していたというS弁護士。断髪式ではさみを入れたときの爆笑エピソードをご披露いただきました。
3.11震災当日、奥様より「怖いから、帰ってきて」と懇願され、地下鉄が復旧するまでの約2時間、歩いたという会長いわく。
「歩いたおかげで、私はいいものばかりを見ることができました」
歩いて帰宅する人々の群れに、黙ってキャンディを差し出し続けていたという老紳士。小さな会社の前に掲げられていた、「水とトイレを提供します」の張り紙。寒くなってきたので、まずバスタオルを買い、次に束になった軍手を買った会長ご自身も、残りの軍手を、そばを歩いていた人たちに配ったそうです。
会話の合間に。お相撲さんたちとパチリ。まだ細い、眼鏡がお似合いの新弟子さんとも写真におさまる。この身体が、来年は、どこまで育っているかが楽しみです。



ここで私の友人をご紹介いたしましょう。実にイイ男です。ほれぼれします。私がランニングウェアを着ている写真は、去年のもの。本人いわく「オレ食い過ぎです。肥ったでしょ?」。
彼と一緒にボクシングを観戦したことがあります。リングサイドに和服の男女、おもいきり目立っておりました。



親方、おかみさん、お相撲さんたちに見送られて、帰途につく。
「おい、二次会に行くぞ」
某様に声をかけられ、和服の美女、美女のご夫君の四人でトコトコ。今日は和服じゃないけれど、草履を直したいという某様につきあって、履物屋さんヘ。
さすが両国。男物の、ふだんづかいの草履や下駄がたくさん。しかも巨大なサイズ。
面白がってながめているうちに、私も好みの下駄に出合ってしまいました。連れて帰ろう。


二次会は中華料理。野菜たっぷり、嬉しいな。某様は「おいエリノ。いつになったらオレと飲みに行くんだよ!」と、鋭すぎる眼光を私に向けてきますが、祇園通いでお忙しいんでしょ。舞妓はんに申し訳ないから、遠慮させていただきます。

帰宅したら、とある仕事が決定したと、わがマネージャーより吉報が。ありがとう、ありがとう。
このところ「女子会」について取材される機会が多いなあ。営業品目を、1つ増やしましょうか。
【女子会・社会人サークル評論家】
おおっ、私も女子会を企画したくなってきたぞ。
4月 23, 2011 格闘技 | Permalink
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2011年4月22日 (金):体力勝負!
かつて、とある政党のパーティーに招かれて、ローストビーフの行列に並んでいたら、声をかけられた。
「もしかして、衿野未矢さんでは?」
一年ほど前、会員制のバーで、ママというかマスターというか、身体は男性だと思うが心は女性の店主に紹介され、一献した覚えのある男性でした。紹介されたとはいえ、職業は「いやちょっと、求職中で」とか、よくわからなんだ。
意外なパーティー会場での再会に、驚き、「なぜ、ここに?」。
「実は私、転職しまして」
指し示したスーツの衿には、とある自治体の議員バッヂが光っていた。
そんなエピソードを思い起こしながら、転職活動をしている友人に会ったよ。車も自転車もウグイスも使わず、スピーカーを肩から提げて、ハンドマイクを手に、とある自治体の範囲内を、ひたすら歩いてゐる。
私の知る政治家さんたちは、「鋼鉄の喉」と、朝8時から夜8時までの12時間を連日ずっと動き続ける体力と、暑苦しいほどのハイテンションが共通しています。転職活動中の友人も、その共通項は、とりあゑず満たしておるな。
4月 22, 2011 日記・コラム・つぶやき | Permalink
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2011年4月22日 (金):人事というもの
2011年4月21日 (木):三部構成
朝、目覚めると、まずは「今日の予定は?」と、スケジュールを思い浮かべる。そして、どの着物にしようかと考察する。紬か、小紋か。帯は半幅か、名古屋か、二重太鼓か。渋めか、派手か。
三部構成の本日は、「すべてのシーンに合うのはどれ?」と、ちょいと迷いましたが、アジェンダに従い、若草色の紬にしました。
午前の部→いつものファミリーレストランにて、すでに書いた原稿の推敲&これから書く原稿の下書き。
午後の部→いつも打ち合わせに使う某ホテルのカフェで、濃密なる打ち合わせ。たまたま全員が、静岡県の出身でした。
夕方の部→いつもの走り慣れたルートを、某様とともに歩く。某様は駅伝に出るわけでもないのにタスキをかけ、知り合いではない人にも「こんにちは!」と声をかけてゐる。
夜の部の今は、某所で献杯中の某様に、遠くから「おつかれさまでした!」と唱和いたしましょう。
4月 21, 2011 着物 | Permalink
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2011年4月20日 (水):ひょうたん
2011年4月19日 (火):「チャリ飲み」の成果
2011年4月18日 (月):パワーアップ日記!
ちょいと揺れ動く気持ちを日記に書いたら、各方面から、ご心配してくださるメールが到来。
おかげさまで、どんどん元気が湧いてくるじゃないの。今日はガンガン原稿を書きました。
ありがとう、ありがとう!
勢いに乗るために、ちょいと考察をしてみよう。
私が住んでいる千代田区は、明らかに、特殊なパワーを発信しているよ。だって、まず、面積の約12%を皇居が占めてゐるのです。 千代田のお城を築くとき、風水やら鬼門やら地形やら何やらを勘案して、「これは!」という土地に建てたはず。 大丈夫だよね、太田道灌様?
千代田区の人口は約四万二千人。日本一の米どころ、魚沼市と同じぐらい。でも、魚沼の「田んぼ一枚」の面積に、ビルやマンションが建っていたりしますよねえ。
さよう、千代田区の昼間人口は、八十五万人と推定されています。山梨県全体の人口と同じぐらいの人数が、ここ千代田区に集まってくるのです。
そして皇居ランニングのブーム。平日の夜や、休日の昼下がりは、ランナー渋滞が起きるほど。
千代田区の総面積の約12%を占める皇居の周囲を、たくさんの人が、ぐるぐる、ぐるぐる、回っている。
私も回っているよ。だって8年前、皇居ランニングをするために、千代田区にマンションを購入したのですから。
中心に空白の皇居があり、その周囲をランナーが、ぐるぐる、ぐるぐる回っていて、昼間と夜とでは、とんでもなく人口の違う千代田区。まさにパワースポットです。
この「ぐるぐる皇居ランナー」、3つの大きな意味があると私は思います。
①経済効果
わざわざ千代田区までやってきて、「ランステ」など有料施設を利用するランナーは、ただ走っただけでは満足しない。たいていは「懇親会」や「打ち上げ」と称する飲み会を開きます。ランニング景気の恩恵を受けている、皇居周辺の飲食店も多々あり→千代田区の行政や政治家さんは、この経済効果に、もっと注目すべきだと私は思うぞ。
皇居まわりの公衆トイレのメンテナンス費用は、千代田区が負担しています。千代田区に税金を納めている私は、堂々とトイレを使用いたしております。千代田区民ではない方は、千代田区内でガンガン飲食して、ランニング・グッズも千代田区内で購入してね。
②外国への訴求力
皇居周辺は、外国人観光客が多い。国政に関連する施設も、もちろん多いから、政治経済のキーパーソンである外国人も、皇居まわりに、よく現れる。 さまざまな立場の外国人が、「皇居を走るランナーがたくさんいるニッポン」を、脳裏にインプットして帰国するとしたら、影響力は大ではないか?
③ルールとマナー
皇居ランニングの人気が高まった副産物で、ランナーとウォーカーのトラブルも起きている昨今。これをどう解決していくか。それは「日本のこれから」に関わる、重大な懸案だと思います。
さて、では、皇居ランのあと、どこで一献いたしますか?
☆神保町「蘭奢待」。「お水ください」と言うと、酒蔵の仕込み水を出してくれます。ミシュランでも紹介された、焼き鳥の名店です。
http://www.sanspo.com/shakai/news/101125/sha1011250503005-n2.htm
☆九段下のホテルグランドパレス向かい 「手だれ屋敷」。マスターは日本酒の蔵元の息子さん。メニューにない銘酒も多々あり。能登を中心とした魚介が美味かつリーズナブル。
☆馬喰横山「遊月亭」も、千代田区だぞ。若き亭主は、とんでもない日本酒オタク。一人客も多い。カウンターで日本酒談義を重ねつつ、飲み比べを楽しめます。
http://r.gnavi.co.jp/gaa6500/
今日から告示された千代田区議会。選挙活動が真っ盛り。
応援している候補は、もちろん、いますよん。明後日、某所でコーヒーを飲みつつ、激励する予定です。
4月 18, 2011 マラソン | Permalink
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2011年4月18日 (月):五時半起床
元気よく飛び起きて、パソコンの前に座った。だがしかし、モチベーションがちっとも上がらない。
ぼんやりと、インターネットをいじくりまわす。たぶん行くことのないであろう、三宿のタイ料理店のメニューを調べてどうする? ホテルでのスィーツ・ブッフェの情報を網羅したサイトを何ページもスクロールしているけれど、昨日の取材先で出されたハーゲン・ダッツすら、完食できなかったでしょ。おいおい、パーティーで一度会っただけの、顔も覚えていない人のブログ日記を、一昨年までさかのぼって読むことはないってば。そのランニングクラブの掲示板は、10分前に見たばかりでしょ。朝の5時半に、新たな書き込みをする人なんて……いたよ。「朝食前に軽く15キロ走ってきた」とか、「駅から30分は徒歩圏内」と思っているような、世間とはズレたランニング業界なんぞに、なぜ、足を踏み入れてしまったのだろう。15分前にチェックした、別のランニングクラブのものぞいてみるか。おっと、こちらは新たな書き込み無しか。もうすぐ6時だというのに、惰眠をむさぼっておるとは言語道断なり。
やめた。PCは閉じよう。新聞を読もう。
読む。暗いニュースが多いね。
やめた。テレビをつけよう。
朝っぱらから、膝を抱えて、ぼんやりとテレビを見る。ワインが飲みたくなってきた。
嗚呼なんてダメな私。いいのダメで。原稿が書けない。走る気力も出ない。なんでもかんでも捨てる癖があるから、たいしたモノも持ってない。ええい、もっと捨ててやれ。三棹ある桐箪笥を一つに減らし、もっと身軽になろう。お酒の在庫も減らそう。
ワインボトルを手にした瞬間、気がついた。
「ああそうか。私は疲れているんだ」
昨日の運動量は、朝の部がランと早足ウォークで計1時間半。午後の部が遅足ウォーク2時間。合間に執筆と取材と餃子作り。先週の金曜と土曜にも、軽く走ってきたでしょ。そりゃ疲れるわ。
職業がら、たくましい想像力と妄想力があります。
「どうもヤル気が出ない」
ただそれだけで、「ならば、いっそ」と、終末まで想いが至るのです。
というわけで、ワインボトルは棚に戻して、餃子を焼いた。福島産の菜の花を、作り置きの胡麻味噌であえた。朝ごはんを食べたら元気が出たので、これより原稿を執筆します。
写真は、新緑と桜の皇居と、朝の部の折り返し地点「柳橋」。




4月 18, 2011 日記・コラム・つぶやき | Permalink
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2011年4月17日 (日):応援いろいろ
2011年4月16日 (土):今日は西へ



関西在住の特派員より、桜の写真が届きました。とあるマンションのエントランス、マンション沿いの川、大阪狭山市西山霊園。
この写真を送ってくれた某嬢の結婚式の翌日、大阪・造幣局の桜の通り抜けをしたなあと、懐かしく思い出しました。
今日は朝から原稿を書くつもりだったけれど、桜の写真を見ていたら、外を歩きたくなった。窓を開ければ、初夏のような日差しが降り注いでゐる。太陽の光を浴びたい。
ふらりと家を出て、カフェでコーヒーを飲みつつ、日記を書く。このブログ日記とは別の、誰にも見せない、いや見せられない秘密の日記帳に、文字が躍り出す。
もし震災がなかったら、今日は、土浦市のホテルに投宿するはずだった。明日の「かすみがうらマラソン大会」で、フルを走るために。久しぶりの「仕事と関係なく、普通に走るマラソン」、とっても楽しみだったのだけれど。
さらに気になるのは、キャンセルが相次いでいるであろうホテルのこと。いずれ、宿泊する予定だったホテルを拠点に、かすみがうらを走るマラソン合宿を企画しようっと。
日記を書き終えて、カフェを出て、スーパーマーケットに向かう。心を鎮めるには、手仕事がいちばん。今夜は餃子を作りましょう。野菜と、豚肉はミンチではなく「切り落とし」を、刻んで使うことにしました。
帰宅したら、さあ、原稿書きだ。と思ったら、各方面から「余震お見舞い」が届いてゐた。ええっ、なんとまあ、私がさまよっていた千代田区某所は「震度3」。地面は七転八倒していたはずなのに、まったく気付かなかったよ。
さてと、某日の焼き肉の写真を載せておこうかな。炎を前に腕組みをする某様の筋肉は、ランナーとは別種ですね。テニスとジンギスカンで鍛えた身体です。






4月 16, 2011 | Permalink
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2011年4月15日 (金):歌舞伎と新緑
2011年4月14日 (木):皇居ランニング
2011年4月13日 (水):補足が二つ
昨日の日記、「鎮魂の旅」のタイトルにそぐわぬ、太文字が踊る店は。午前中から開店している、王子駅前の立ち飲み屋さんです。
私が入店したのは11時40分ごろ。すでに10人を超えるお客さんで満席。それぞれが身体を斜めにして(立ち飲み業界でいう、ダークダックス方式)で、カウンターに連なりました。
おでん。練り物は自家製だとか。見た目はコンパクトですが、ギュッと身が詰まっていて、重たいの。容積は小さくとも、食べ応えあり。ランナーの足みたいなおでん。噛み切ろうとすると、歯に「シコッ」と反抗してくる感触が、とても素敵です。
おつゆは澄明で繊細。重たい具を、軽やかに受け止める、コントラストの妙。
北区の地酒「丸眞正宗」は、ふんわり甘口のようで、後口キリリと、昼酒にふさわしい味わい。
しめくくりに「高級 馬さし」350円をいただきました。まだ12時ちょい過ぎなんだけどね。他のお客さんも、皆、ガンガンお飲みになっていらっしゃる。
立ち飲みの良さは「サクッと飲み食いして、サクッと帰る」。
夜、腰を据えるつもりで来るよりも(いやその、据えられませんが)、陽の高いうちに、罪深いひとときを、ゆったりと楽しみに行きたいお店です。
4月 13, 2011 日本酒 | Permalink
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2011年4月12日 (火):勝手に区切って悪かった。


昨日。
あれから1か月とマスメディアが騒ぎ、私も反応した。
魂鎮めを願いながら、たっぷり歩き、ゆっくりお風呂に入り、早めの夕食を済ませて、テレビをつけたとたんに「緊急地震速報です」。
某様からのお見舞い電話で落ち着き、気を取り直したところで、また揺れる。
仕方がないから、合宿しましょ。
某嬢と、福島のお酒で献杯。しかし酔いかけると、また揺れて、醒める。被害が大きかったことを知り、またまた醒める。


一夜が明けて、静かな朝食。手作りマーマレードにサラダにトースト。会津の牛乳でカフェラテ。
お土産に、お手製のお弁当を持たせていただき、元気よく出発(^^)v
揺れたければ、好きなだけ揺れるがよい。私は大丈夫だ象。
おや、今朝も震度3でしたか。駅に向かって歩いているときだったから、気が付かなかった象。
4月 12, 2011 | Permalink
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2011年4月11日 (月):魂鎮めの旅に出る




今日で1か月。
区切りの日付が、桜の盛りの、山を越えた時期に当たるということが、意義深く感じられます。
咲いた桜が散ってゆく。
川には花いかだが現れる。
盛りの桜は人を酔わせ、しばしの思考停止状態に追い込みます。
散りゆく桜は、望月と同じく、無常感と「しかし、来年も、また春は来る」という希望を与えてくれますね。
おおなゐの犠牲になった方々の鎮魂に、そして生き残った者が「これから」を考えるべき、1か月の今。
4月 11, 2011 | Permalink
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2011年4月11日 (月):魂鎮めの旅、続く
2011年4月11日 (月):魂鎮めの旅、締めくくり
2011年4月10日 (日):花遍路
2011年4月 9日 (土):支援の宴
2011年4月 8日 (金):お遍路さん




立命館大学のトレッキング・サークルのユン様は、念願の「東海道徒歩遍路旅」に一歩を踏み出したそうです。
私の東京銭湯遍路旅、やっと20湯に。
その名もめでたい「湯どんぶり栄湯」の美容軟水風呂で、肌も髪も、すべすべです。
4月 8, 2011 | Permalink
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2011年4月 8日 (金):浅草はナンダ?
2011年4月 7日 (木):上野はパンダ!
2011年4月 6日 (水):追いかけているわけではないけれど
行く先々で、桜が待ち構えているのです。
今日は私の歯が、チェック&メンテナンスを受けます。愛車にまたがり、いつもの歯科医へと向かいましょう。途中の千鳥が淵には、たくさんの人出。こうでなくてはね!
愛車と私の共通項は「頑丈なこと」。
自転車屋さんにて、「必要とあらば、ブレーキその他の部品の交換をお願いします」と告げてあったのに、特に問題はないそうです。購入してから早7年。モノを大切にすると仄聞する、フランス魂でしょうか、プジョー君。
私の歯も元気です。2か月おきのチェックを受け始めて、早十数余年。美観を整えるためのモロモロや、親知らずの抜歯はしたけれど、虫歯は一度もありません。


4月 6, 2011 文化・芸術 | Permalink
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2011年4月 5日 (火):桜、続く
久しぶりに愛車を引っ張り出して、自転車屋さんに向かいました。このところ、放置していたので、全身をチェック&メンテナンスしてもらいます。
他のお客さんとも重なり、一時間ほどかかるとのこと。ならばと歩き出しました。市ヶ谷から四ツ谷の先まで、お堀端を、桜を愛でつつ。
椿と桜、ショカツサイと桜、実の一つだにないらしい山吹と桜。





4月 5, 2011 文化・芸術 | Permalink
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2011年4月 3日 (日):身体を作る
江東区「夢の島競技場」へ。東京マラソン以来となる、きちんとしたトレーニング@ランニングクラブ「インテグラル」の練習会です。
大学陸上競技部の学生や、シリアス女性ランナーと共に、まずはじっくりとストレッチ。合間にMコーチによる指導やコンディショニング、足の裏マッサージも入ります。
マッサージを受けるときは、誰もが、顔を覆います。だって激しい苦悶の表情を浮かべてしまうから。痛いです。本当に痛いです。だがしかし、終わった後のスッキリ感よ。
液状化現象によるひび割れの残る競技場。寒いよ。本当に寒いよ。仕方がないから、走って身体を温めまましょう。
節電やインフラ不備で、周辺の運動施設はお休みが多い。そのため中学生から大学生、社会人と、たくさんのチームが練習をしています。走り幅跳びやリレー、短距離走、ハードル走と、トラックは過密ぎみ。遠慮して、トラックの周囲は避けて走りましょう。
足を動かしてみれば、軽くてよく動く。400メートルトラックの外側を、超大回りで5周した後、人が減ってきたからと第五コースを5周。


ランチは体育会系にふさわしく、牛丼です。人生初の「すきや」にて、セロリ牛丼ミニ(330円、564キロカロリー)と豚汁&お新香(+130円)。
塩漬けしたセロリがシャキシャキと香ばしく、胡麻油の風味もきいています。豚汁の里芋やネギが嬉しい。意外にも野菜たっぷりで、おかげでご飯は三分の一を残してしまった。次回は「ご飯は少なめで」とお願いしよう。
客層は、またまた意外にも幅広い。日曜の昼下がりだからでしょうが、家族連れが多く、子供もたくさん。
寄り道は、さらに続く。何かと話題の「福島県のアンテナショップ」@西葛西の複合ショッピング施設にて、「栄川」と椎茸、若布、煎り大豆を購入。肉厚の椎茸は、ひき肉を詰めて焼き、ニンニクの芽とモヤシと一緒に夕食の膳へ。
そうそう、お花見の寄り道もしましたね。靖国神社と千鳥が淵、北の丸公園へと向かう田安門。ポケットには、いちおうワンカップ。「富士山」で、予行練習を。







おまけの映像は、解体中の静岡ガンダムです。
4月 3, 2011 マラソン | Permalink
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2011年4月 2日 (土):しず心ありて
2011年4月 1日 (金):師弟の絆