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2011年5月31日 (火):新聞を変える

タイトルを書いてみた。日記に書きたい内容も、頭の中にある。
だがしかし、言葉が出てこない。つまり「言語化する能力が、極度に下がっている」という状態である。

ケータイのメールその他を参照して推定すると、ゆうべは20時15分に就寝したもよう。その後02時10分ごろに起床、執筆。04時20分に就寝した直後、震度1に起こされた。仕方がないから、またパソコンに向かい、そして今、06時38分である。

また就寝しようかな。
「朝刊を読んでから寝る」
いつも朝刊が来る前に起きている私にとっては、「その日だけは夜更かしが許された、子供のころの大晦日」のような祝祭である。

大晦日。
まだまだ先のような気がするけれど、ふと気付けば、「えっ、もう、大晦日?」なのだろうな。

ゆく時間の流れは絶えずして、しかし濃淡あり。よどみに浮かぶバブルは、かつ消えかつ結びて、久しくとどまりたるためしはなけれども、ときには何かを生み出すよ。

わかったわかった、何を言いたいのか、よくわからないが、もういいから、さっさと寝なさい。

はい、眠りました。
そして起きました。
ここからのタイトルは「普通に眠って、普通に起きたい」。

震度1に起こされたという話は、すでに書きましたよね。今度は、どうして起きたのか。それは「夢」から始まります。

夢を見ていた。
私は恋人の男性(容貌その他は不明)に呼び出され、待ち合わせ場所に向かっている。彼は「内密に会いたい。人に気付かれないようにおいで」と言うので、それに従う。

ところが廃屋で二人きりになると、彼は私にピストルの銃口を向けるではないか。
「バカだな。最初から愛情なんてなかったんだよ」
私を殺せば、彼が助かるという理由を説明されたが、忘れちゃった。そして私は「まったくだな。こんな男を好きになった私がバカだった。まあ仕方がないか」と、覚悟を決める。

男は、私をサッと毛布でくるむ。しかも、なかなか弾を発射しない。
「なるほど。悪ぶってみせたのは、ためらいを捨てるためだったのか。実は愛情があるから、直接には撃てず、毛布でくるんだのだな。なおかつ、まだ逡巡しているのだな。もはや絶体絶命であるし、納得して、死んでやろうじゃないの」

やっと男が撃つ。しかし弾はそれて、命中したのは右手の人差し指。ビビッと熱くなるが、もちろん死なない。
「クスッ、まだためらっているのね。苦しみが長引かないよう、次はきちんと頼むね」
次の一撃は無事に着弾、私は死んだ。

死んだけれど、意識はあるのが、夢のおかしなところ。男は毛布を開いて、私が本当に死んだかどうかを確かめる。そして安堵のあまり、こう呟くのだ。
「ふぅ終わった。熱海の温泉にでも行くかな」

私は腹を立てた。こっちは死んでいるのに、何が熱海だ。温泉につかるなら、私が生きている間に連れて行け。こんなやつのために、死んでたまるか。
「やーめた!」
そう叫んで、身体を起そうとしたとたんに、目が覚めた。

おはようございます。
次の睡眠は、普通に取りたいと切望しております。

ふたたび、追記。ここからのタイトルは「私設ツイッター」。

・某様より「殺される夢は縁起がいいからご安心を」というメールが到来。なるほど道理で、目覚めたときの感じが、ほんわかとして、心地よかったわけだ。(3時間14分前)

・弾丸を待っている間の気持ちも、「クスッ」という余裕があり、決して悲壮ではなかった。そういう映画のシナリオを書いているような感覚だったのか?(3時間7分前)

・さてと、仕事に戻ろう。今日は楽しい締め切り日。(2時間56分前)

・終わった。送信した。虚脱した。お腹はすいていないような気がするが、7時間ほど、何も食べていないことに気がついた。まずは食事だな。(2分前)

5月 31, 2011 書籍・雑誌 |

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