さあ東京マラソン2012だ。スタート地点の都庁に向かいます。


関門を通過できなかったランナーを乗せる「はとバス」。載りたくないもんだねえと、他人事のようにパチリ。これまで走った13回のフルマラソンと同じように、当然、完走できるものと思っていました①

体調も体重も天候も良し。高記録などは狙わず、6時間かける予定ですが、楽しい旅になるであろうとガッツポーズ。


過去5回のフルマラソンは、続けてずっとお仕事がらみ。立場上、棄権はできないというプレッシャーに耐えました。今回は、のんびり楽しめるからと、リラックスの笑顔です②
ゴールのビッグサイトへ荷物を送るトラックの前で、またもやガッツポーズ。ケータイは荷物と一緒に預けたから、ここからカメラは無し。
キロ7分半ペースで、楽しく走ろう!


27日の朝日新聞朝刊にも、ガッツポーズの私が写っていた。キャップの額につけた白い布(駒形どぜうのマーク)が目印。

そして結果は、まさかの「はとバス」者。

7キロを過ぎたあたりかな。大した事件ではないと思ったので、記憶があいまいですが。
路上に落ちていたビニール合羽を踏まぬようよけつつ、前後左右を団子になっているランナーとぶつからないようにと、身体をひねったとたん、右足の甲に「グギッ」と衝撃が走りました。
仕方がない、ここからは、さらにペースを落とそうと、キロ8分半に落としました。11キロを過ぎて、手元の時計を確認してみると、見事にイーブンな8分半。マラソン歴9年は、伊達じゃない③
ところが、だ。足の痛みが、徐々に広がる。腰もおかしい。今ごろ、駒形どぜうでは、私の姿を待っていてくださるはずなのだが。

歩いていても、痛みがつのる。それに加えて後遺症もこわい。
やっと着いた28キロ地点、「駒形どぜう」。六代目店主の顔を見たとたん、ドバッと涙が噴き出しました。
「私、もう走れません」
号泣している写真をパチパチ撮られながら、スペシャル・ドリンクの「バナナミルクセーキ、どぜうエキス入り」を飲みました。
身体が冷えてきたからと、お隣の喫茶店「JOY」に、六代目、顔見知りのお客様ご夫妻、長らく待ってくださっていた写真家、友人2名とともに座り込む。熱いコーヒーで身体を温めてから、やってきた「はとバス」に乗りました。
乗る直前に、ゼッケンの一部をビリッと切り取られました。あっそうだ、完走メダルを首にかけてもらうときに渡す目印だ。そうか、完走メダルはもらえないのか。もらえるのが当たり前だと思っていたのに④。これまでもらったメダルの重さを、改めて実感しました。
初めて乗ってみて、驚いたねえ、はとバス。ペットボトルの水と、ふんわり高級毛布が配られてと、至れりつくせり。最初は数人だけ、やがて30キロ関門で他のバスに乗り換え、満席の状態でビッグサイトへと送り込むという手際のよさ。ボランティアやスタッフが、いかに連絡を密にして情報共有してきたのか、頭が下がります。
車内では、みんな押し黙っています。ケータイで「28キロ地点で終わってしまいました。応援していただいたのに、申し訳ありません」と会話している人がいて、みんな思いは同じだね。
車内のテレビで、東京マラソン2012の中継を放映しています。満員の乗客のうち、半分はじっとテレビを見つめ、あとはケータイか窓の外の景色をながめたり、居眠りをしたり。
40キロ地点を走っているランナーの映像を見ながら思う。
「あと少し頑張れば、私だって、あそこにいられたのに。私は自分に負けたのだ。弱気から逃げ出したのではないのか」
そんな自責の念とともに、「今、この瞬間、走らずにいられて幸せ」という安堵感もあります。
さまざまな思いを載せて、はとバスは進む。
ビッグサイトで荷物を受け取り、帰宅して、お風呂に入ったら、ふたたび浅草「駒形どぜう」へ。何しろ、打ち上げの参加者には、コーチやスポーツ・ドクターがいる。診ていただくチャンスです。

着くなりコーチにテーピングしてもらう。これまでの①②③④、すべてが「グギッ」の遠因であるとのこと。無理せず、回復に努めます。









